ホンダの象徴CB式と呼ばれたシリーズ。

創業以来、バイクの開発に明け暮れ24時間工具をもちつづけた本田宗一郎は、あるとき社員を集めてこう言い放ったといいます。

「いずれレースに出る、レースに出て優勝する。そうしなければ何もはじまらない。」

それからというもの、レースに出場することにこだわりつづけた本田は、分解と改良を繰り返し、従業員を巻き込んで大騒動に発展したことも日常茶飯事だったそうです。

本田宗一郎の悲願だったレースは1955年から「全日本オートバイ耐久ロードレース」として開催されることになり、天が味方したのか、その後に現在の市販者部門にあたる「全日本モーターサイクルクラブマンレース」が同時開催されることになって、彼の開発魂に火がついたといわれています。

ホンダはそのレースに向けて、これまで世に送り出してきた自社の市販車に手を加え、「レースに出て優勝するためのバイク」を試行錯誤で開発しつづけました。

バイクファンから「CB式」と呼ばれて一目置かれる存在となったCBとは、ホンダが製造・販売している4ストロークのバイクに付けられた冠で、ホンダを象徴するシリーズ名ともなりました。

いまだに人気の衰えない名車であるCB750もその1つ。

CB750は1991年に東京モーターショーで発表され、翌年の1992年にヨーロッパで先行販売されたモデルです。

国内では同年の2月から販売が開始され、その威風堂々としたスタイリングと圧倒的なトルクパワーに多くのユーザーが引き込まれていったといいます。

当時を良く知る買取店の人たちは語ります。

「普通のおやじにしか見えないのに、バイクを見るときの目やバイクについて話し出したときの目は尋常ではなかった。引き込まれて話を聞いているうちに、勝手に手が動いていた。」と。

元々技術者であった本田にとっては、バイク修理業や買取業の店舗を見て回るのが大好きだったといいます。

CB750は、2001年1月、国内で大論争にまで発展した「排出ガス規制法」に適合させたため、後に型式がBC-RC42とされ、数々の改良と変更が施されましたが、元来、改良に次ぐ改良が当たり前だった「技術の鬼・改良の鬼=本田宗一郎」にとっては、さぞかし頼もしい出来事ではなかったのかと思えてなりません。

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